幸せになりたければ運動して美味しい飯を食べて人と会話しよう

あなたはいま幸せですか?

いきなりこう聞くと宗教じみているかもしれないが、ちょっと考えてみて欲しい。最近感じた幸せはなんだろうか。すぐに思いつくだろうか。もし思いつかないのだったら、もう一度幸せについて本気出して考えてみて欲しい。(ポルノグラフィティ)

僕が最近感じた幸せは、「サイクリングした後に弟と一緒に家系ラーメンを食べたこと」だ。「え?そんなしょうもないこと?」と思ったかもしれないが、本当に幸せを感じた。

改めて幸せっていうのは受け取り方次第だし、こんなにも身近なものなんだと再確認することができた。そのことについて少し書いておこうと思う。

なぜ幸せを感じたか

今回の行動「サイクリングした後に弟と一緒に家系ラーメンを食べたこと」には要素が3つある。運動・食事・会話だ。それぞれに幸せを感じる要因があるのだと思う。

1つ目の運動は、人間の体の健康にとって重要な要素である。運動する人のほうがしない人しない人より病気にかかりにくかったり、平均寿命も長かったりするのではないだろうか(根拠を出せと言われたら困るけど)。「健全な精神は健全な肉体に宿る」というように、精神にも良い影響を与えるのだと思う。

2つ目の食事は、人間にとって運動よりもなくてはならないものだ。ご飯を食べないと生きていけないからね。食事することによって快楽物質?が分泌されるというか、幸せを感じられるというのは科学的に証明されているらしい。大学の講義で言っていたので多分合ってる。僕が普段味気ないカロリーメイトを食べているから、久しぶりに美味しいラーメンを食べて幸せになったのかもしれないけれど。

ちなみに食べたラーメンはコレ。塩豚骨です。ライスも食べました。にんにくも入れました。美味。

 

3つ目の会話は、ちょっと今までの2つとは性質が違う。肉体の話というより精神の話だからだ。会話するというのは社会に属していることを実感できるので幸せに思ったのかもしれない。マズローの欲求5段解説という有名な三角形の図でも示されている通り、人間は社会に属したい欲求があると言われているし、僕も実感している。

僕みたいに普段は家で過ごす人はわかると思うけど、人と喋らないと精神的に疲弊してくる(個人差はあれど)。僕が実家暮らしじゃなくて一人暮らしだったら、おそらく話す人がいなさすぎて、精神的に参ってしまっていたんじゃないかと思う。弟と音楽の話だったり、受験勉強の話だったりをして、兄として役立てたかなと感じた。もしかしたらただ話すだけじゃなくて、自己肯定感が高まったから幸せを感じたのかもしれない。

僕の好きな本、phaさんの「持たない幸福論」でも「孤立しないこと」は幸福の条件だと言っていた。やはり社会に属したい生き物なのだろう。この本、幸せについて考え直す大きなきっかけになったのでぜひ読んでみて欲しい。読了直後の感想記事もあるので。

「持たない幸福論」感想。幸せについて本気出して考えてみよう。

ちなみに弟は中学3年生なので受験勉強真っ盛りである。がんばれ。YouTubeを見るな。

幸せを意識的に感じるために必要なこと

運動や食事、会話など、当たり前にあるようでおざなりになっていることが結構あると思う。十分な睡眠時間を確保したり、お風呂にゆっくり浸かったり、散歩したりすることは思っている以上に大切なのだと思った。

久しぶりに今日、幸せを感じることができて本当に良かった。合理的になりすぎると、こうしたことが切り捨てられてしまうことが多いので気をつけたほうがいいと思う。僕はだいぶ合理主義者なので、意識的にこういうことを取り入れていかなければならないなあと思っている。

この記事を読んでくれているあなたも、ちょっと立ち止まって、当たり前にあることがおざなりになっていないか考えてみて欲しい。きっと幸せは身近に転がっていると思うのだ。


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